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「なぜ謝るの?そういう社会にしていこう」その言葉が原動力に。——作業療法士・経営者・母。しなやかに変化し続ける彼女が目指す、“誰もが選択できる”社会とは

株式会社O-lys 脇 葵依 (2期生)

「専門職一本では食べていけない」という冷静な分析から、副業、クラファンを経て起業へ。
創業期の妊娠というハードルも、メンターから掛けられた「そういう社会にしていこう」という言葉が転機に。
誰かのために生きることが幸せだと語る彼女が描く、障害者支援の新しいエコシステム。

Q:自己紹介をお願いします!

A:株式会社O-lysの代表をしております脇葵依と申します。障害がある子供達のキャリア教育をメインとしていたんですが、その先の未来の選択肢を広げたいなと思って、今は障害者の方々の就職の支援や企業と障害者の方を繋ぐマッチングサービス・定着サービスを行っています。障害者と企業をつなぐ架け橋になれればと思って動いております。

Q:前職が作業療法士さんで、第一線で働いていらっしゃっておられたかと思うんですが、起業しようと思われた、一番インパクトのあった出来事は何ですか?起業に至ったきっかけを教えてください。

A:法人化する前は個人事業主としての期間も長く、「何かしよう!」という時には結構保険をかけるタイプなんです。「よし!会社を立ち上げよう!!」というよりは、医療職と個人事業主の期間が結構長かったんですよね。およそ3年ほど、その期間がありました。クラウドファンディングをして「これイケるな!」と思って、株式会社にした、というような流れになります。下準備が長かったような気がします。

まず、医療職をしながら個人事業主としても仕事をしようと思ったきっかけは、作業療法士として関わりを持たせていただいていた方の中で、「ともくん」という少年がいました。その子から「大人になりたくない」という言葉を聞いた時に、障害がある子供達の未来の可能性を広げてあげたい!って本気で思ったんです。

そもそも、学校を卒業して医療職に就く時くらいから、「作業療法士1本では食べていけないな」と思ってたんです。比較的新しめの職業だったこともあるんですが、これからを考えた時に、すごく尖ったものを持っていない限りはその職業1本で食べていけないんじゃないかという感覚があったんです。
なので、一番最初に個人事業主として始めた英会話の事業も一緒で、これ一本じゃダメだから他にスキルがあったら活かそう!と思って始めたものです。

昨今ようやく、たくさん副業をしている働き方が浸透してきましたが、すごく前からその「いっぱい軸を持ってた方がいいじゃん」という感覚がありました。人って、人生のいろんなポイントの中でやりたいことも変わっていくじゃないですか。小さい頃から医療職を目指して叶えたんですけど、やっぱりやりたいことは変わったんですよね。
もし「1本の軸しかダメだ」という風潮だったら、他にやりたいことができた時にすごくリスクがあるし怖いから、分散させたかったですね。

それから法人化しようと考えたきっかけについて。

当初、キャリア教育というよりも国際交流・英語学習に力を入れました。しかしそれを障害のある子供達が海外に触れたり違う価値観を学んだりといった「多様な学び」に対して、受け入れてくれるんだろうかということが、わからなかったというか不安だったんです。

加えて、いつもコッコデショの講義などでもよく聞くと思うんですが、どれだけ自分がいいと思っているサービスだったとしても、世の中に受け入れてもらえなかったり認知がなかったら価値がないという見方もあります。

その時はテストマーケティングというような言葉はまだ知らなかったですが、まず世の中の反応を見たいというところから、クラウドファンディングをやってみました。
結果はありがたいことに、165名以上の方から支援していただき、100万円を超える温かい気持ちをいただいて大成功でした!

Q:そのクラウドファンディングを経て法人化されて2期目だと思うのですが、会社を立ち上げてられてから「気をつけているポイントや大切にしていること」はありますか?

A:大切にしていることは、お声かけいただいたものを何らかの形でちゃんと受け入れるということです。自分が例えば講義をしにいくとか、何かパンフレットなどに掲載させていただくにしても、自分の会社の収益にならなかったり「未来につながるのかな?」と思ったようなことでも、必ず全て受け入れるようにしています。
YESマンになるということとニュアンスは違いますが、きっと今後未来につながるというか、徳を積むという感覚です。
2回とも妊娠中ではありましたが、出産ギリギリまで登壇などのお仕事もさせていただいてましたね。
出産の前後のお仕事も、これまでたくさんの人がきっと断ってきたであろうことだったとしても、工夫したらできるんじゃないかと思ってトライしてみました。
「仮にもしできなかったら素直に『できませんでした』って謝ろう」という感じで、まずはやってみないよりやってみて後悔する方がいいかなって。

Q:素晴らしいマインドですよね!その気持ちの持ち方をしようというのは、何がそうさせているんでしょうか?

A:1つは世の中から忘れられたくない、自分がやりたい!というのはあると思います。会社を立ち上げてこれからだ!という時に妊娠が重なったので、そこは、元々すごくやりたい気持ちと、体調や環境によってできない部分との葛藤があるんですけど、その間をとったらいいんじゃないかと思って。
それから2つ目は、コッコデショ!2期のメンターの方に、会社を立ち上げる寸前で妊娠が分かった時に「すみません!」と報告をしたら、「いやいや、なんで謝るの?そういう社会にしていこうよ」と言ってくださったのがすごく大きくて、原動力になりました!
自分がうまくバランスをとって、できる限りの最大限のことを周りは依頼してくださっている。だから答えよう!という気持ちです。
この言葉が指針となっていますね。赤ちゃんがいたって、できることはやっていけるというのを、世の中にありのままを見せていいんだなということのきっかけでもありますね。

Q:コッコデショ!2期生として参加されて、得たものはなんでしょうか?

A:会社を立てたい・法人化したいというのはあったんですが、ビジネス経験が全くない中で、経営者としての土台を作ってもらったなというのが1番にあります。
それがなかったら、会社にしたとてきっと途中で諦めていたかもしれないし、メンターの方がずっと見守ってくださってくれていることや定期的なピッチの場があることで、しっかりメリハリができました。
数値化する必要があるものだったり、経過報告など、事業を起こす前だけど事業をすでにしているような感覚で「こうやって進めていくんだ」というのを掴めたのが大きかったです。
決算のことや株式の塩梅のことについても色々教えてくださって、これらのことってネットでいくら調べても出てこないような内容のことを、リアルに先輩経営者の方から教えていただけたことは、コッコデショ!じゃないと得られなかったことかもしれません。
それがあったからこそ、ライフプランの中で妊娠など色々ありましたけど、土台ができているからそこに還れたし、5期で「事業拡大支援グループ」で再度頑張ろうとも思えました。

Q:事業拡大支援グループに参加してみようかなと思った経緯はどう言ったものですか?

A:元々、2026年の3月から新しい事業として「相談支援業所を持つ」というのを計画していましたので、それがきっかけです。

相談支援事業所では障害者の方の「ライフプラン」構築から、AI適性評価による企業マッチングまでを統合的に支援します。

母体が相談支援事業所である強みを活かし、一人ひとりの特性を深く理解した上で、テクノロジーを用いた精度の高い就労支援を実現します。

事業拡大支援グループへの参加を機に体制を強化し、2025年末の新規事業開始を前倒しで実現可能にしました。

Q:脇さんの今後の目標についてお聞かせください!

A:キャリア教育に関しても職業支援に関しても、幅広く広げていきたいなとは思っているんですが、メソッドを作って全国で展開できるようにしたいです。フランチャイズとはちょっと違って、自由に名前使っていいし、この名前があればそこにコミュニティはあるし聞ける人もいるという「環境」を作って広げていきたいですね。
誰もが選択できて生涯学べて働き続けられる社会になればいいなと思っています。

Q:脇さんにとって幸せとはなんでしょうか?

A:誰かのために生きることです。人のために生きるのが幸せなことです。

インタビュアー:合同会社夢限-MUGEN 代表 林 孝行

自身もコッコデショ!に1期から参画。5期では「事業拡大支援グループ」に属し、会社の事業推進のサポートを受けている。活動歴18年のシンガーソングライターとビジネスコーチを両立する”唄うコーチ”として活動しているほか、Webメディア「ナガサキ女子」を運営。

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