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長崎で生まれ育ちスタートアップで活躍する人たちVol.1
HafH(ハフ )を長崎からスタートしたからこそ見える長崎のポテンシャル

株式会社KabuK Style Co-CEO 大瀬良 亮氏

株式会社KabuK Style 大瀬良 亮氏

人生の中で長崎に対してどんなことを考えていましたか?

「長崎はもうダメばい!」に感じた違和感

長崎で生まれ育ちましたが、小さい頃から長崎に対する「もったいなさ」をずっと感じていました。
長崎出身の知人と話していると「いやーもう長崎はダメばい!」という言葉が二言目に出てくるんです。本当は長崎が好きなはずなのに「ダメ」だと言ってしまう。長崎を愛するゆえの発言だとはわかっているのですが、僕はそんな知人らに違和感を感じていました。
社会人になって、むしろ、これは「ダメばい!」というのを楽しんでるのではないかと感じるようになってきました。そして、それを酒の肴にして楽しんでいる。
これは長崎の居心地の良さに対する「甘え」なのではないか、そしてダメな長崎を良くしようとしないことへ悔しさを感じることもありました。

外に出てこそ気づいた「長崎の魅力」

僕自身、大学で長崎を離れたことで、改めて「長崎の魅力」にたくさん気づくことができました。
社会人になって何を自分の強みにしていこうかと考えた時、「長崎の魅力」が頭に浮かびました。
「長崎のことは大瀬良に聞け」と言われるくらいになりたい。それだったら無理しなくても頑張れる。
そう思ったのが社会人2年目のことです。

そこから被爆65年を迎えた2010年、「長崎に対する思いを発信したい」と思い、長崎出身の電通の後輩とともに(当時)首都大学東京の渡邊准教授のご協力を得て「ナガサキ・アーカイブ」という作品をローンチしました。この作品は、長崎新聞社が半世紀かけて集めた被爆体験談を被爆した場所の写真とともにデジタルマップ上にプロットするものです。
当時、「ナガサキ・アーカイブ」はGoogleトレンドで1位の注目を浴び、、Yahooのデジタルクリエイティブアワードの特別賞もいただくことができました。その後も「東京から長崎をおもしろくしたい!」という思いで、県人会の活動など幅広く地域に関わるプロジェクトを企画していきました。

株式会社KabuK Style 大瀬良 亮氏

HafHというサービスを立ち上げた理由を教えてください

外からの影響でどんどん面白くなる街「現代の出島」をつくりたい

歴史から長崎を紐解いてみると、長崎という街は政府が出島を作り、そこに外来船がきて「人・モノ・情報」が長崎に流れてくることになった。つまり、元々の地元民はおらず、最初から「よそ者」同士が長崎という街を作っていったことになります。
長崎は、外からの影響でどんどん面白くなる街です。東京にいるからこそ、長崎を面白くできることがもっとあるのではないかと思っていました。
そんな想いの中、政府へ出向した時に「世界を旅して働く」という経験をしました。「パソコン・インターネット・携帯」さえあれば、どこでも働ける。まさにリモートワークの可能性の無限さに気づいた瞬間でした。

ある時、世界中の人がタイやバリに行って仕事してるのを見て、「タイやバリじゃなくて長崎に来たらいいじゃん!」って思うようになりました。
彼らになぜ日本に来ないのか理由を尋ねると、「日本はエクスペンシブ(お金がかかって)でビジー(忙しない)でしょ?」とのこと。これには本当にびっくりしてしまいました。
「そんなことないよ!東京はそうかもしれないけど、地方では閉店間際のスーパーに行ったら3ドルで寿司が10貫食えるよ!」と反論しましたが(笑)
日本の地方は、「旅して働く」人たちにその魅力をまだまだ伝えきれていないんですね。

これからは場所にとらわれず働く人が増えると確信しているので、長崎が「現代の出島」として旅して働く人の受け皿になり、それを広げていくことでひいては日本の地方に広がる閉塞感も解消できるんじゃないかなと思っています。今は長崎だけが出島である必要はない時代ですからね。日本中どこでも世界に開くことはできる。
ただ、『「現代の出島」というコンセプトでHafHを作っていくと面白いのではないか』というのがHafHを長崎から始めることに繋がるわけです。
立ち上げの際に、Makuake(マクアケ)を通じてクラウドファンディングをしたんですけど、1000万円を超える支援が集まり400人を超える支援者にサポートをいただきました。その中の100人以上が長崎の方で、僕たちのストーリーに長崎の方々が共感した結果ではないかと思ってます。

クラウドファンディングの画像

長崎のどんなところにポテンシャルを感じますか?

「他を受け入れる文化」が強みとなる

アフターコロナの文脈で未来の地方のあり方を考えると、「東京で暮らし、働く意味があるんだっけ?」と考える人が多くなり、地方にも勝機が出てきたと思います。実際に長崎出身・東京在住の知人が長崎に拠点を戻したいと言っています。
「地方に住みたい人たちを受け入れる文化があるかどうか」が、今後各地方が活性化する大事なポイントになるのではないでしょうか。

コロナ期間中、長崎で興味深い出来事がありました。
長崎県のコロナウィルスの感染者がまだ出ていなかった時(取材当時)、長崎に滞在していた600人収容しているクルーズ船で集団クラスターが発生したのです。
長崎ではコロナや外国人に対する「恐怖」と「疑心暗鬼」が生まれてしまったのですが、僕はこの時2つの面白いことを見つけました。

1つは、全国のトップクラスである感染症研究が功を奏し、感染を最小限に防いだということです。
長崎は出島が発展していた頃から「天然痘」「スペイン風邪」などの感染症が出島でも起きていました。しかし、長崎県の医学者たちが全国のトップクラスだったため、市内感染を最低限に納めることができました。今では全国で感染検査の多い自治体です。このような出島の歴史があるからこそ感染を防げたのではないかと思います。
2つめは、長崎の人には他を受け入れる優しい心があるということです。
「クラスターが起きたから長崎から出ていけ」という話に繋がらず、クルーズ船をみんな笑顔でお見送りをしました。クルーズ船からも「ありがとう」という横断幕が掲げられました。キリスト教の影響もあるかもしれませんが、「他を受け入れる文化がある街」であることを確信しました。「国が違っても宗教が違っても長崎は受け入れるよ」というスタンスが街の強みとなって、出島のように「人・もの・情報」を受け入れて広がっていくことを長崎に期待しています。

株式会社KabuK Style 大瀬良 亮氏

最後に、これからの長崎に期待していることを教えてください。

HafHを通して長崎に住んでいる人たちはたいそう長崎を気に入ってくださっていて、満足度は驚くべき状況です。
長崎の街の人が気づいてないポテンシャルに気づいてくれる方々がたくさんいます。
長崎は歴史上、外からの影響でどんどん面白くなりました。出島のように「人・もの・情報」を受け入れ広がることで長崎が再び輝くことを期待しています。

略歴
1983年、長崎市生まれ
2007年に筑波大学を卒業後、電通入社
2015年から2018年まで内閣官房 内閣広報室に出向
2018年11月、「世界を旅して働く。HafH」リリース
2019年9月、電通退社